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昨日の夜




昨日の夜、少し喉が痛かった。

これは、猛暑が一転して一気に秋らしくなった気候に
喉が極端に弱いわたしの、季節の変わり目の持病みたいなもの。

喉の痛みと共に、鼻がつまり、熱も少し帯びてきて、
やっぱり風邪を引いちゃった、と、
ありがたくないフルコースをこれま何度も味わってきたが、
普通の人とは逆に、年を取ると共になぜか風邪を引きにくくなった。
(やっぱり、骨の髄までへそ曲がり?)

そのせいか、朝起きて食事の支度をするころには
すっかり元気になっていた。

その朝食のテーブルで、目の前に座っている人にふと視線が移った。

その人は、好物のキュウリのぬか漬けをぼりぼりかじり、
大口を開けては、炊きたての白米を豪快に放り込んでいる。

その様子を見て、はるか昔の出来事を思い出した。

15年ほど前のこと。

風邪を引いて40度近くの高熱で職場を休んだ。
それでも、夕方になると寝床から這いずり出て、夫のための食事の支度をした。
自分は食欲がまったくないから、夫だけの分を作った。

それが原因で、ますます具合が悪くなってさらに休み、
そのくせ、夕方にはまた這いずり出ては食事の支度の繰り返し。
こちらは飲ます食わずで死の淵をさ迷っていたけれど、
夫は用意してあるオメシを食べてしらんぷり・・・

4日目にうめきながら、とうとう言った。

「なにか食べないと死んじゃう!」
「食べたいなら早くそう言えばいいのに」
「・・・(落ち込みと具合の悪さで切り返せない)」
「何が食べたいんだ?」
「(そっちこそもっと早く聞いてよっ!)イチゴ・・・」

夫はパック入りのイチゴを買ってきてくれたが、
パックに詰ったままのイチゴを、丸ごとそのまま突き出した。

「洗ってないの?」と、苦しい息の下から問い詰めると、
黙ってパックを引き取り、次に現れたときは、
水道の水を上からかけて濡らしただけと思われるパックを
そのまま突き出した。

もとより食欲はまったく湧かないうえに、
夫の呆れるほどの無神経さにもショックを受けていたから
せっかく頼んだイチゴにも手がつけられなかった。

夫が勤めに出ている間、心配した職場の人から電話がかかってきたが
喉が腫れて声がまったく出なかった。
結局、ぜぇーぜぇと荒い呼吸音だけが相手に届き、
相手は会話をしなくても状況を悟ったようだ。

高熱が続いたためか、翌日には幻覚症状が現れ、
毛布にくるまれて病院へ運ばれ、2週間も職場を休んでしまった。

この状況で、なにが許せなかったか?

根は良い人なんだからと、どこかでまだ夫をかばっている
自分自身がなんとも許せなかった。

風邪が治ると、我が家はなにごともなかったように
また以前と同じ日々が戻ってきた。

それでも、変化したものがひとつだけあった。
新聞の読者投稿欄で夫婦の話題を熱心に集めるようになった。

たとえば、妻が風邪を引いたときはスープを作り、
やさしく看病する夫に妻が感激する投稿が掲載されている。
その部分を赤いマジックペンで囲んでデカデカと、

「うらやましい」
「この人のオクサンになりたい」

など、妻はあれこれの記事にこの10年間、
ありったけの思いを込めた注釈を書き添え続けた。

夫も負けずに黒マジックでもっとデッカク、

「まかせておけ」
「心配するな」

と、書き込んでいたけれど、最初の不信感が尾を引いていて、
まったく信用できなかった。

その後、風邪でまたダウンした。

ベッドでうなっていると、夫が会社から帰ってくるなり
階下の台所でドンガラピシャと物音をたて始めたので、
家を壊されるのではないかと、気が落ち着けなかった。

しばらくして、音が止み静かになったころ、
究極の粗忽者がお盆をうやうやしく両手にささげ持ち、
ドスドスとベッドのそばまでやってきた。

メニューは、おかゆに卵を落としたもの(米が生煮え)、
ジャガイモと玉ねぎの味噌汁(ダシのうまみが皆無)、
チーズと大粒のうめぼし2個(この取り合わせは謎)、
当世ギャルが剥いた風の、ブツ切りのリンゴにミルク。
リンゴのブツ切りは、皮がうまく剥けなかったのか、
身の部分がアットランダムに入り混じり、
おめでたい紅白のツートンカラーになったもの。

品数と量がやたらに多い献立である。

極めつけはミカンのデザート。
なんと、皮をむいて房をひとつずつバラして、お皿にバラ撒いてあった!

土日は、数時間ごとに取り換える下着類の山の洗濯物をこなしながら
食事の支度をし、掃除機をかけたりと甲斐甲斐しいばかりだ。

これで老後は安泰! と思っていたが、その後の骨折の際に、
夫に対する見積もりがひどく甘かったことを後悔する羽目になった。

看護と介護にはエラく差があると、しみじみ悟ったのです。

介護は次回に。

やや、甲斐甲斐しく生まれ変わった人の近況
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